2019年の鞘師里保の足跡を、わたし自身の体験談を交えながら綴っています。
- ◯ 序章 わたしとハロプロの出会い
- ① ひなフェス編
- ② 2012年のBABYMETALとわたし編
- ③ アベンジャーズ前夜編
- ④ 横浜アリーナ編・前編
- ⑤ 横浜アリーナ編・中編
- ⑥ 横浜アリーナ編・後編
- ⑦ グラストンベリー編
- ⑧ ロンドン編
- ⑨ ポートメッセなごや編
- 【番外編】“一部”にならない佐藤優樹
2019年の鞘師里保の足跡を、わたし自身の体験談を交えながら綴っています。
佐藤優樹さんの2ndソロツアーは、2026年夏を風のように駆け抜け、8月11日(火)に大阪の地で無事に全日程を終えた。
約1ヶ月前、初日・新宿公演を観たあとに、Vesperの世界観について感じたことをブログに書いた。
あれから全国4都市・計8公演をまーちゃんと共に完走した今、改めてこのVesperについて感じ取り、受け取ったことをアウトプットしておきたい。
初日に感じたVesperの独特な時間感覚–−過去と現在が交錯して入り混じる感じ–−は、ツアーを通して実時間を重ねていくたび豊かにイメージを広げていき、千秋楽で未来めがけて真っ直ぐに投擲されたのだと、そう感じるに至ったプロセスを書いてみる。
目次
日付:2026年8月11日(火•祝)
会場:梅田クラブクアトロ
| 曲順 | 昼公演 | 夜公演 |
|---|---|---|
| M1 | とどめ | とどめ |
| M2 | 愛のサバイバー |
愛のサバイバー |
| M3 |
C\C(シンデレラ\コンプレックス)'24 |
C\C(シンデレラ\コンプレックス)'24 |
| MC① | MC① | |
| M4 |
夢に出てこないでよ |
夢に出てこないでよ |
| M5 |
Sorry! |
reverie |
| M6 |
グリーン・フラワー |
Hungry Spider |
| M7 |
紅い花 ※正式表記不明 |
紅い花 ※正式表記不明 |
| MC② | MC② | |
| M8 | Memory 青春の光 | Memory 青春の光 |
| M9 |
記憶の迷路 |
記憶の迷路 |
| M10 |
大人になれば 大人になれる |
大人になれば 大人になれる |
| M11 |
恋愛ハンター |
ウルフボーイ |
| M12 |
Wake-up Call~目覚めるとき~ |
Wake-up Call~目覚めるとき~ |
| M13 |
きみの登場(ハロプロ研修生) |
きみの登場(ハロプロ研修生) |
| M14 |
目立ってDo Dance(ハロプロ研修生) |
目立ってDo Dance(ハロプロ研修生) |
| M15 |
憧れのStress-free |
憧れのStress-free |
| M16 |
Good Morning Tokyo |
花鳥風月 春夏秋冬 |
| MC③ | MC③ | |
| M17 | Dominant Life ※正式表記不明 | Dominant Life ※正式表記不明 |
| M18 | すっぴん | すっぴん |
| M19 | 右肩の蝶 | 右肩の蝶 |
| M20 | 花鳥風月 春夏秋冬 | TO BE CONTINUED! |
| EN | - | みかん |
ライブの感想に入る前に、Vesperのコンセプトを改めて確認するため、ツアー前にまーちゃんが投稿したInstagramのポストを読み返しておきたい。
この投稿をInstagramで見る
初日の感想ブログでは、ここに書かれているまーちゃんの言葉を、Vesperの世界観を形作るイメージやキーワードとして参照した。
左下へ向けられた金属質の傘の絵。表面には時計や歯車が埋め込まれている。ツアーを終えた今となっては見慣れたものになったが、初めて見たときは奇妙で風変わりに感じた。この独特なロゴマークに詰めこまれた情報量の多さや得体の知れなさを探っていけば、今ツアーでまーちゃんが表現したいことの核心があるのだろうと考えると、とてもワクワクした。
Vesperというツアータイトルには「夕暮れ」や「宵の明星」(金星)という意味があるという。ロゴの中の時計と合わせて「時間」のイメージが色濃く感じられる。
思えば昨年12月の大阪ハロショイベントの質問コーナーで、まーちゃんに「1日の中で好きな時間は何時何分ですか?」という質問をしたところ「15時か24時です」という回答が返ってきた。そして15時を好きな理由として次のように語っていた。
どこにも属していない感じがあるじゃないですか。夜でもなく朝でもなく。プラス、おやつの時間ってよく言われているじゃないですか。それがすごい好きなのと。
そおかぁ、おやつの時間かぁ、お菓子おいしいもんねぇ……。
いや、それはさておき。
この話の前半部分はVesperの世界観と繋がっているように感じる。昼でもなく夜でもない時間帯を好きなまーちゃんが、ツアーのキーワードとして「夕暮れ」を表す「Vesper」を選び取った。
昼なのか夜なのか判然としない宙ぶらりんな中間地帯、日常のロジックがあやふやになる不思議な世界。秩序と混沌の間にふわふわ漂うこうした感覚こそが、VesperのVesperらしさなのだという印象を、ツアーが終わった今、強く抱いている。
さて、本題である。ここからは千秋楽の思い出に沿って、ライブの模様を振り返っていく。
客電が消えて夕闇へと落ちるように暗くなる。重めでダークなEDM調のオープニングSEが鳴り響き、場内の空気は一気に濃密になる。梅田クラブクアトロの音響は、低音域から高音域に至るまで音の芯をしっかりと感じ取ることができる解像度の高さ。踊るように展開されるシンセサウンドは、激しくもどこか純情で可憐に響く。楽曲を制作したのは大久保薫氏とのこと。
佐藤優樹 Live Tour 2026 〜Vesper〜
オープニングSEを制作させて頂きました♪
ツアー完走おめでとうございます🎊
そしてお疲れ様でした♪#佐藤優樹 #Vesper https://t.co/aRiLtUMKHT— 大久保 薫 (@KaoruOkuboMusic) 2026年8月14日
15年に及ぶまーちゃんのキャリアを通じて、ずっと活動のそばにあったのが大久保サウンド。今回のツアーの幕開けにぴったりだ。
ハロプロ研修生の2名が踊りながらステージに駆け込み、少し遅れて主役のまーちゃんが登場。3人ともフード付きの黒いレースのマントを羽織っている。重々しく研修生を引き連れたまーちゃんはまるでヴィラン(悪役)のように妖艶で魅力的な魔性を放っている。音がやんで、本編1曲目『とどめ』が重々しく幕を開ける。
イントロで研修生がまーちゃんのマントを引き抜くと、夕空に瞬く一番星のような、白い衣装があらわになった。
M1からM3は"かっこいい佐藤優樹"を凝縮したようなパフォーマンスを堪能できる曲目が並ぶ。
場を威圧するようにヒリヒリとした鋭い歌声でたたみかけ、観客の感情を意のままにコントロールし高揚感を煽っていく。
こういうテイストのパフォーマンスは気持ちがしっかり前に出ていないと務まらない。ソロデビューして間もない、まだ自信なげに歌っていた頃のまーちゃんだったら、ライブのオープニングとしてこの構成は選ばなかったはずだ。
グループ在籍時代後期のような佐藤優樹"様"が帰ってきた、そう思わされるほど、まーちゃんの全身から支配力と説得力がみなぎっていた。とりわけ『とどめ』は"優樹様"のエッセンスを極限まで煮詰めて結晶にして磨き上げたような純度の高さだった。
そんな『とどめ』だが、まだ幼さの感じられる研修生がバックダンサーとして参加することで、まーちゃん単体のパフォーマンスとは異なる色がついたように見えた。ラストサビの前の「さよなら 抜け道でも」から始まる静かめなセクションで、まーちゃんは歌いながら服部琉愛さんの手を取り、吉田光里さんの腕を抱く。このときの甘くウェットな歌唱は、2人がいることによって導き出された表現なのだと感じた。
緊迫感のあるオープニングから一転、いつものまーちゃんな空気感の緩めのMCを挟み、そこから柔らかで明るいタッチの『夢に出てこないでよ』が始まると、場内は和んだ雰囲気に様変わり。ここから始まるブロックは、まーちゃんの様々なカラーの表現を味わえる楽しいパート。
観客は『夢に出てこないでよ』で曲に合わせて手を左右に振り、昼公演の『Sorry!』では掛け合いのフレーズを歌い、楽曲を通じたコミュニケーションが交わされる。
『紅い花』と夜公演の『Hungry Spider』は、4月のボタニカミュージアムでのイベントで披露された2曲。ファンの間で非常に評判の高い演目だったので、Vesperで再び披露されたのは貴重なことだった。
初日のブログにも書いたが、このブロックの昼夜回替わり曲は、それぞれ昼らしい曲(『Sorry!』『グリーン・フラワー』)と夜らしい曲(『reverie』『Hungry Spider』)が配置されている。
さらに、これらは『夢に出てこないでよ』と『紅い花』に挟み込まれているが、この2曲からもそれぞれ昼らしさ、夜らしさが感じられる。昼夜どちらのセットリストにおいても、このブロック全体が昼から夜への時間の変化を表しており、つまりは夕暮れ前後の時間の移ろいが表現されていると感じた。
ここで2回目のMC。佐藤さんにお水を飲んでもらいながら研修生がタイトルコールをして始まる質問コーナー。
今ツアーの演出方針として、おそらくMCは冗長にならないようコンパクトに収める考えだったと思われる。まーちゃんの進行含め、段取りに沿ってテキパキと展開していく場面が多かった。これにより全体的にテンポよく進んでいったのは、とてもよい判断だったと受け止めている。
とはいえ、そこはまーちゃん。公演を重ねるにつれて自然体で喋る量は増えていき、話題によってはそこそこエスカレートすることもあったが、3人であれこれ話している姿を眺められたのは、とにかく楽しい時間だった。
研修生がはけてまーちゃんだけがステージに残り、次のように語る。
ここでInstagramのまーちゃんの言葉を思い出す。
金星の意味が
自分の中の「受け取る力」や「自己肯定感」を象徴することがあるそうで自分なりに
周りから貰った影響だったり、貰った愛を自分の力に変えて倍返しをする!
と言う意味込めて
Vesperにしました✨🌙
まーちゃんのMCを踏まえてこの引用部を読み直すと、人だけではなく楽曲から貰ってきた影響や愛に対しても、同じように感じているのではないかと思えてくる。
過去やり残したことをそのままにして先へ進むのではなく、もう一度向き合うことで、これまで受け取ってきたものを自分の力に変えて"倍返し"をする。そしてそれが自分自身を肯定し、次のステップへ進むことに繋がっていく。
そんな風にも読めてくる。
先ほどのMCでまーちゃんは続けてこんなことを言う。
そして、2015年の春ツアー・GRADATIONで歌った『Memory 青春の光』のイントロが入ってくる。今のまーちゃんの歌声と、16歳のまーちゃんの歌声が重なりあう。
ここからのブロックでは、佐藤優樹のオリジナル曲ではなく、モーニング娘。やハロプロの楽曲が続く。初日の感想ブログにも書いたことだが、このコーナーは単に昔を懐かしむためだけのものではなく、Vesperの独特な時間感覚を表現するための鍵だったと感じる。
Instagramの投稿には「ライブでは時間の感覚が狂う」と書かれていた。この言葉の通り、Vesperのライブ中に時間の流れは変容していき、まーちゃんは過去に足を踏み入れていって、そこで16歳の自分に出会う。”記憶の迷路”へ迷い込み、かつて時間を共にした楽曲たちに再会する。
大人になったまーちゃんが、'14のときのユニット曲を「大人になればきっと大人になれるはずよ」と歌う不思議な構図はとても魅力的に映った。
過去の自分と向き合い楽曲を表現する中で浮かび上がってくるのは、他でもなく今現在のまーちゃんの姿。
小学6年生の頃に上京してアイドルの世界に入り、紆余曲折を経て今も人前に立って歌い続けている。そのプロセスにおいて試行錯誤を重ねながら、佐藤優樹を佐藤優樹として形作る様々なパズルのピースが生まれ育っていった。
今年でデビュー15年。時間をかけて創りあげていった表現の強さや深みを、このコーナーではこれでもかと突きつけられる。過去の楽曲と合わさることで、逆に今の佐藤優樹が強調されて見えてくる。
このブロックで異色なのは『Wake-up Call〜目覚めるとき〜』。これはまーちゃん卒業後のモーニング娘。'23の楽曲だ。「あのとき別の道を歩んでいたとしたら」というifの世界線に入り込んだような気がしてくる。
この曲を歌い踊るまーちゃんは圧巻だった。全力で動き、発声し、身体も声もノリノリ。
モーニング娘。時代のように16分の刻みを前ノリでプッシュしていきグルーヴをうならせていく。そこに感情が連動して高く波打ち加速していく。
表現の爆発とでも言わんばかりのスーパースター級の名演は、もともとの持ち味であった感受性と連動した瞬発力、そしてそれを下支えするソロ活動を通して培った持続力と客観性があってこそのものだと感じた。
大暴れで歌い終わり颯爽とはけていくまーちゃん。
ここからはハロプロ研修生2人のパフォーマンスが続く。
吉田光里さんと服部琉愛さんはそれぞれ違ったキャラクターで、対比的にお互いを引き出しあういいコンビだった。懸命なパフォーマンスに何度も胸を打たれた。観客含めてみんなで音楽を心の底から楽しむ空間づくりに、2人は大きく貢献したと思う。
まーちゃんの過去と現在が交錯するライブの中に、あの頃のまーちゃんと同じくらいの年代の研修生がいたことにより、世界観のリアリティーは増したと思う。「過去のまーちゃん」と「現在の研修生」を重ね合わせて見ることで、十代特有の輝きを回想だけでなく目前に感じることができた。
衣装替えをしたまーちゃんが再登場し、研修生が踊りながら歌詞に合わせてフリップをめくっていく『憧れのStress-free』は、3人が同じ目線で遊んでいるかのような微笑ましさがあり、Vesperの中で最大の和みポイントだったと思う。
通常ならここで『Good Morning Tokyo』または『TO BE CONTINUED!』が始まるはずが、千秋楽の最終公演だけ『花鳥風月 春夏秋冬』に変更された。もとはフィナーレに配置されていた曲だ。
初日の感想ブログに書いたことだが、『花鳥風月 春夏秋冬』はソロの佐藤優樹が停滞感から抜け出し、前へ進むために背中を押してくれた重要楽曲だ。佐藤優樹の"今"を代表する1曲として、このセットリストの終盤に位置する意味は大きい。
花鳥風月のあとのMCで、テンション高めに「新曲のリズムについてこれますかー?」と煽るまーちゃんはとても楽しそうで、つんく♂提供のこの曲が自分のところに来てくれた喜びが伝わってきた。
新曲『Dominant Life』はモーニング娘。楽曲によくあるダンスミュージックのベースにハードロック風のエレキギターが鳴りまくるアップテンポでハイテンションな楽曲。つんく♂曲らしく、鋭角に突き刺さってくるようなリズムのキメが罠のようにそこかしこに散りばめられている。喜びのまーちゃんは躍動感に輝きまくっていた。
1stツアーEmberでも披露されたこの1曲。もとは「宮本佳林・小片リサ・佐藤優樹」名義でリリースされた楽曲だが、まーちゃんはソロでも歌い継いでいる。きっとこの曲に深い思い入れがあるのだろう。
まーちゃんは楽曲と対話し、その世界を深く解釈して、それを表現に落とし込んでいく。曲のメッセージを内面化し、自分自身の言葉で語るかのように音楽を通して思いを伝える。
『すっぴん』の歌詞を読んでみると、この中にはまーちゃんの心と共鳴する言葉がたくさんあるのだろうと思われてくる。
もう一遍 始めてみよう
どこまで行けるだろう
空回り遠回りしたっていい
私のすべて
曲のフィナーレで、観客は手を左右に振りながら「ランラララララララ」と歌う。まーちゃんはそこへハモりやフェイクを重ねて、そうやって一緒に音を奏でていく時間には、ライブという営みの根本にある感動や楽しさが凝縮されていた。
『右肩の蝶』もまーちゃんを一時の停滞から救ってくれた1曲であり、カバーするようになってからは定番の盛り上がり楽曲へと育っていった。花鳥風月と同じく、今の佐藤優樹の名刺代わりになる楽曲だ。
逞しく感情豊かな熱演は、何度体感しても心臓を握られるような焦燥感があり、魅力に溢れ、今のまーちゃんが音楽に対して抱いている充実感をありありと感じ取ることができる。
今ツアーのフィナーレはずっと花鳥風月だったが、最終公演だけは『TO BE CONTINUED!』に変更された。この選択からまーちゃんの決意を感じた。
旅路の中で受け取ってきたものを力に代えて、過去から現在、そして未来へ、Vesper以後の世界へ向けて跳び出そうとしている。和訳すれば「つづく!」というタイトルのこの曲は、ラストに歌うにうってつけの1曲だろう。
観客による落ちサビの合唱。
TO BE CONTINUED!
止まっても 離れても
またどこかでどうせ会えるだろう
約1ヶ月に及ぶツアーの最後に、我々はこのフレーズを全力で歌った。
Vesperは終わってしまう。けれども、また未来で会えるだろう。まーちゃんとそう約束できることは、ファンにとってこの上ない喜びだ。
今ツアーを見事やり遂げてみせたまーちゃんの歌声は、力強くも優しく、清々しい達成感に満ちていた。
最終公演のみ、アンコールでもう1曲が披露された。にこやかにステージに登場したまーちゃんは「アンコールありがとうございます。まさはまだまだだから……まだまだだから……この曲を歌います!」と宣言し、モーニング娘。の名曲『みかん』が始まった。
ROCK IN JAPAN FES. 2019をはじめ数多の舞台で歌われ、数々の思い出が刻み込まれたライブの定番曲のひとつ。
タイトルの「みかん」は「蜜柑」と「未完」をかけている、という話は、作詞者(つんく♂)の意図としては確定情報ではなかったと記憶している。しかし、推察としてはよく知られているものだ。
「まだまだ」という言葉から想像するに、『TO BE CONTINUED!』からの流れで「未完」という意味を採用して選曲されたのではないだろうか。
歌い出しのこのフレーズ。
まぶしい朝に WOW WOW CHANCE
OH YEAH YOU'LL GET A CHANCE
旅立つ朝に WOW WOW CHANCE
OH YEAH YOU'LL GET A CHANCE
OH YEAH
朝が到来したことを高らかに告げるところからこの曲は始まる。
そう、朝なのだ。
宵の明星が輝く夕暮れのVesper本編は、既に幕を下ろした。
番外編のアンコールで朝を迎え、そして旅立つ。
今日も明日も毎日は 24時間
どんな人も朝の陽に包まれる
まーちゃんは、我々は、朝陽を浴びながらVesperのその先へ、未来へと出発しようとしている。
ツアーを通して受け取ったものをこの手に握りしめ、まぶしい空めがけて、拳を高く突き上げて。
来年のツアーが決定したことがまーちゃんから発表された。Vesper以後の世界はもう始まっている。
モーニング娘。時代にコンサートの終わりによく言っていたお決まりのセリフ「また遊びに来てくださいねー」まーちゃんは元気にそう言って、ステージから去っていった。
Vesperとはまーちゃんの過去と現在を音楽で描いた自伝であり、そして次の未来へ向けた決意表明だった。
とてつもなく深い余韻と熱気の名残がクラブクアトロの場内に満ちていた。
俺たちの佐藤優樹は、もっともっとでっかくなる。
そう確信している。
おしまい!
念願のVesper初日を終えて感じたことをまとめてみました。ライブレポというよりも、今ツアーの世界観についての解釈がメインになっています。
セトリなどネタバレを含むので、これから観にいく方はご注意ください。
もくじ
| 昼公演 | 夜公演 | |
| M1 | とどめ | とどめ |
| M2 | 愛のサバイバー |
愛のサバイバー |
| M3 |
C\C(シンデレラ\コンプレックス)'24 |
C\C(シンデレラ\コンプレックス)'24 |
| MC | MC | |
| M4 |
夢に出てこないでよ |
夢に出てこないでよ |
| M5 |
Sorry! |
reverie |
| M6 |
グリーン・フラワー |
Hungry Spider |
| M7 |
紅い花 |
紅い花 |
| MC | MC | |
| M8 | 記憶の迷路 | 記憶の迷路 |
| M9 |
Memory 青春の光 |
Memory 青春の光 |
| M10 |
大人になれば 大人になれる |
大人になれば 大人になれる |
| M11 |
恋愛ハンター |
ウルフボーイ |
| M12 |
Wake-up Call~目覚めるとき~ |
Wake-up Call~目覚めるとき~ |
| M13 |
きみの登場(ハロプロ研修生) |
きみの登場(ハロプロ研修生) |
| M14 |
目立ってDo Dance(ハロプロ研修生) |
目立ってDo Dance(ハロプロ研修生) |
| M15 |
憧れのStress-free |
憧れのStress-free |
| M16 |
Good Morning Tokyo |
TO BE CONTINUED! |
| MC | MC | |
| M17 | Dominant Life | Dominant Life |
| M18 | すっぴん | すっぴん |
| M19 | 右肩の蝶 | 右肩の蝶 |
| M20 | 花鳥風月 春夏秋冬 | 花鳥風月 春夏秋冬 |
まーちゃんがInstagramの投稿に綴っていたVesperのツアータイトルやロゴに込めた思い。その中で時計や時間のイメージが語られている。
まーちゃんが時計や時間について話すのは今に始まったことではない。例えば「人が時計に動かされるんじゃなくて人が時計を動かしたい」という発言はその代表例だろう。
Vesper初日を終えて、こうした時計や時間のイメージが今ツアーの世界観の軸になっていると感じた。
例えば、最初の回替わり曲(M5・6)。昼と夜とで交代するこれらの楽曲は、対比的にそれぞれが昼間のイメージと夜間のイメージを表していると感じた。昼公演は『Sorry!』『グリーン・フラワー』という明るい曲で、夜公演は『reverie』『Hungry Spider』という落ち着いた曲。
今ツアーのタイトル である「Vesper」にはまーちゃんが書いている通り「夕暮れ」という意味がある。すなわち昼から夜へ移り変わっていく時間帯。さりげなく配置された回替わり曲であるが、ここにVesperの表現を貫く「時間」というテーマが表れていると思う。そしてこのテーマはここからさらに様相を変え、違った表情を見せていく。
セットリストの中盤にハロプロ楽曲コーナーが配置されている。ここは過去を懐かしむだけのコーナーではなく、時間や時計のイメージを存分に表現するための仕掛けとして機能している。Instagramの投稿にもあったとおり、時間とは本来直線的に動き二度と戻ることのないものだ。しかし、まーちゃんは「ライブでは時間の感覚が狂う」という。この不思議な感覚が、ハロプロ楽曲コーナーでは表れている。
M8. 記憶の迷路
本来戻れないはずの過去の記憶へ、迷路に迷い込むように入っていき「通り過ぎた」「昔の昔の話」に再会する。
M9. Memory 青春の光
過去のレコーディング音源を使用して16歳のまーちゃんと今のまーちゃんが一緒に歌う趣向。過去と現在が入り混じり、迷い込んだ先で出会った昔の自分。10代の自分自身を優しく導くように歌う様子が印象的だった。
M10. 大人になれば 大人になれる
「大人になればきっと大人になれるはずよ」という歌詞を大人になったまーちゃんが歌いなおす、時間が折り畳まれたような奇妙な世界線。
M11. 【昼】恋愛ハンター / 【夜】ウルフボーイ
モーニング娘。加入後1〜2年の頃の楽曲が続く。不思議な時間の流れを通して、逆照射されるようにまーちゃんの現在が浮き彫りになり、そのパフォーマンスの強度の高さや説得力を思い知らされる。
M12. Wake-up Call~目覚めるとき~
ここで一転してifの世界へ入り込み、卒業後のモーニング娘。'24のキラーチューンがドロップされる。もしまーちゃんがモーニング娘。に残っていたら? そんな仮定の話を想像させる一曲。堂々と歌い踊る佐藤優樹、圧巻のパフォーマンスはスーパースターだった。
このようにハロプロ楽曲コーナーは単にグループ時代の曲を歌うだけではなく、時間というテーマをライブの中に落とし込み体感させる試みだったと思う。そしてこの時間の流れは過去を振り返るだけでは終わらず、現在へと接続されていく。
ライブのフィナーレを飾るのはM19『右肩の蝶』とM20『花鳥風月 春夏秋冬』の2曲。佐藤優樹名義でリリースされた中でも盛り上がり必至の定番曲だが、時間のイメージを踏まえて考えるとまた違った表情が見えてくる。
1stアルバム『now rise』リリースの頃によく語っていたことだが、モーニング娘。卒業後のまーちゃんは自称「ニート」期に陥り、音楽に向き合えなくなっていたという。上記2曲はそんな状態からまーちゃんを救ってくれた楽曲だ。
まーちゃんのInstagramに立ち返るとこんなことが書かれている。
金星の意味が
自分の中の「受け取る力」や「自己肯定感」を象徴することがあるそうで自分なりに
周りから貰った影響だったり、貰った愛を自分の力に変えて倍返しをする!
と言う意味込めてVesparにしました✨🌙
また、こんな記述もある。
ロゴの意味
傘は、雨や太陽から身を守るパーソナルスペースを作ってくれます。
ここからは推測の色合いが強くなるが、「ニート」期のまーちゃんにはパーソナルスペースが必要だった。そこから『右肩の蝶』や『花鳥風月 春夏秋冬』など背中を押してくれる楽曲を「受け取る力」で受け取って自己を立て直し、停滞を抜け出して「自己肯定感」を抱けるようになっていった。そして、今ツアーのまさに目の前で素晴らしいステージを見せてくれている現在ど真ん中のまーちゃんに繋がっていく。
『花鳥風月 春夏秋冬』は季節の移り変わりとその美しさを歌いながら、過去の一瞬一瞬をしなやかに肯定する。
あの日々は幻想 はらはらと散るけれど
時と共に色を重ね 美しさ放っていくんだ
Vesperの世界を旅してきた中で、時間が歪み、過去と混ざり合い、ifの世界に迷い込み、不思議な体験をしてきた果てに辿り着いたフィナーレにこの曲が置かれていることに、ポジティブなメッセージが感じられる。
この曲を披露するまーちゃんはいかにも絶好調という様子で、ステージ上を縦横無尽に動き回り、リズムを刻みうねらせ音と戯れて、さまざまな歌い方を織り重ねてさまざまな感情を表現し、そして大きく見えた。Vesperで表現される時間のイメージは、過去や現在を駆け抜けて未来へ向かって開かれる。『花鳥風月 春夏秋冬』のように佐藤優樹の未来は明るい。そう確信できる姿だった。
Vesperとは、佐藤優樹という人間が歩んできた時間、そのすべてをライブという形で描いた「自伝」である。
ツアーはまだ始まったばかり。さらなる時間の流れの先にある千秋楽を迎える頃には、まーちゃんはどんな進化を遂げているのか。そしてさらにその先にはどんな活動を見せてくれるのか、楽しみで仕方ない。そう感じることができたVesper初日新宿公演だった。
おしまい!
振り返ろうとしたところで、余りの情報量の多さと感情の激動っぷりに、冷静に全体を俯瞰するなんてとてもできそうにないけれども、それでも自分の中でとんでもなく大きな存在感を放ち続けることになるであろうこの2021年の暮れに、今の気持ちをなにかしらの言葉に残しておきたい。
2021年はBABYMETALが武道館10daysを完走してその活動を封印し、鞘師里保がソロアーティストとして音楽活動での再デビューを果たし、佐藤優樹が12月13日をもってモーニング娘。'21を卒業した年。
ここに名前を挙げたアーティストを、自分はそれぞれ別個のものとして推し始めた。
鞘師とまーちゃんは同じグループに所属していたとは言え、初めて知ったのは2016年の春。既に鞘師はモーニング娘。を卒業しており、リアルタイムでふたりが同じ場所に立っている場面を見ることはなかった。
それぞれ別個のものだったはずの3組の歩む道が、突然に交わったのが2019年のこと。長らくファンの前から姿を消していた鞘師が復活して、ひなフェスのステージでまーちゃんを含むモーニング娘。'19のメンバーたちと共演し、BABYMETALのサポートダンサー“アベンジャーズ”として世界を回った。
このときの自分の熱狂ぶりは、ちょっとどうかしていたと思う。夢みたいな存在だったレジェンド・鞘師里保の活動をリアルタイムで見られる日が突如訪れ、モーニング娘。とBABYMETALという大好きなグループと共演したのだから。
Twitterでヲタク活動用のアカウントを初めて作ったり、ブログを開設したり、そのブログの存在を忘れたり(そうですこのブログのことです)。要するに自分の中に湧いてくる感動を他のファンの人たちと共有したいと思うようになって、それ以来、ネット上やリアルの現場でいろんな方々と交流する機会を得た。それがとても楽しかった(ブログのことは忘れましたがね)。
鞘師は2020年にBABYMETALのステージを離れ、ソロ活動を開始した。初めに挙げた3組のアーティストの道が交わることは、これでしばらくはなくなるのかなと思った。
鞘師の活動の場は広がり、今年、待望のソロデビュー曲(1st EP『DAYBREAK』収録の5曲)をリリースし、初のワンマンライブが開催された。幸いなことにワンマンライブを現地で体験できたことは、自分の中で2021年のハイライトのひとつになった。
本来なら5月に行われるはずだったこのワンマンライブは、新型コロナウイルス感染拡大の影響で8月に延期された。このことを今振り返って思うのは、もしも予定どおりに鞘師のライブが5月に開催されていたとしたら、2021年の後半はまったく違ったものになったかもしれない、ということ。そして、人が人に与える影響というのは、針の穴を通すようにして奇跡的に成り立つものなのだな、ということ。
なにが言いたいのかと言うと、それはもちろん、まーちゃんの卒業のこと。まーちゃんは卒業を発表した日のブログで、鞘師のライブが自分の決断に大きな影響を与えたことを明かした。
やっさんが、つんく♂さんやつんく♂さんの曲と離れて居ても
もう一度表にたってダンスをして歌っている姿を見て、
まー負けたくない!!!まーもやっさん
みたいにかっこよくなる!!!!って
自分の体のことを諦めていたけど
もう一度今のこの体と向き合おうと思えました。
思わぬところで鞘師の道とまーちゃんの道とが交わったことを、どんな気持ちで受け止めたらいいのか分からなかった。重さと濃さが生半可ではない。まーちゃんは鞘師のライブをきっかけに、自分の人生における大きな大きな決断を下したのだから。
まーちゃんは今年の2月の終わりに体調不良を理由に休養に入っていた。ファンとして、胸が痛かった。当たり前だけれどもなにもできない。それがもどかしかった。推しが苦しい思いをしていることを、なんとも思わず受け止められるファンなんていないはずだ。
2月から8月までの間、まーちゃんがどんな気持ちで過ごしていたかを、これも当たり前だけれども知ることはできない。ただ「自分の体のことを諦めていた」という言葉から、想像していたよりも遥かに追い詰められていたのだろうなと思う。
でもまーちゃんは、そんな逆境の中にあっても、前に進んだ。あのブログによると、鞘師のライブパフォーマンスがまーちゃんの心を支えた。
もしも鞘師のライブが5月に開催されていたとしたら。
そんな起こらなかったことを考えても仕方ないけれども、でもそうなっていたら、まーちゃんの苦しみがもっと大きなものになっていたのかもしれないというネガティブな思いは拭い切れない。タイミングが変われば、心のありようも変わる。だから、2021年に実際に起こった出来事は絶妙なバランスで成立していたんだなと感じる。まーちゃんの卒業に対しては、とんでもなく大きな寂しさを抱いたけれど、こうなってよかったなって思える未来に今いるのだと思う。
まーちゃんの卒業に対する思いや、これからの自分のまーちゃんの推し方(というか離れ方)については、なかなか心の整理がつかずにいるからここには書けない。2022年を終えるころには、どんな気持ちになっているんだろう?
先のことはびっくりするくらい分からない。なんとも不思議な感覚の中で、2021年は終わろうとしている。
ひとつ言えることは、推したちの未来が明るいものでありますように。強く強くそう願っています。
『黑世界』東京公演が無事に千穐楽を迎えました。めでたい! まだ大阪公演が残っていますが、コロナ禍を受けて作られたこのお芝居がひとまずの区切りまで完走できたことに、スタンディングオベーションの拍手を送りたいです。ほんとうによかった!
わたしは配信と劇場で雨下の章と日和の章をそれぞれ4回ずつ観劇し、何度も何度も大粒の涙を落としたのですが、この2作を通じていちばん心をもっていかれたのは雨下3話の「求めろ捧げろ待っていろ」でした。
記憶が鮮明なうちに、この作品の魅力について語ってみたいと思います。以下、ネタバレを含みますのでお気をつけください。改行を挟みまーす。
目次
「求めろ捧げろ待っていろ」は、新良エツ子さん演じるチェリーによるイントロダクションに続いて、リリーの唐突な七五調の語りで幕を開きます。
既に日は暮れ魔の時刻
空も大地も茜に染まる
無情の鐘を背に受けて
運ぶ足取り軽やかに
あたしは一人今日もゆく
消えない幻 道連れに
終の棲家を探し求める
終わることない虚無の旅
がんばって配信のアーカイブを文字起こししました(笑)。少し違っていたらごめんなさい。
語の意味はシンプルですが、唐突な七五調はインパクト充分。時代がかった大袈裟な調べの気持ちよいこと。鞘師のクリーンボイスが朗々とセリフに乗り、よく映えて聞こえます。意味よりも調べや違和感を楽しむ場面ですが、最後の2行はリリーの旅の本意をうまく表しています。「終の棲家」=“死”を探し求めているけれども、それは「終わることない」、つまりリリーは不死であり、ゆえにこれは「虚無の旅」である、と。
このセリフはこれから上演されるお話の異質性を強調すると同時に、お芝居の虚構性を際立たせます。ただでさえこれは朗読劇。観客がステージ上に見ているのはキャラクターであるのと同時に、台本を手に持った役者でもあります。キャラクターは役者によって演じられる虚構の存在だという事実を常に突きつけられるわけです(普通ならキャラクターは台本を持ちませんから)。そこへこの突然の七五調の語り。写実を捨ててデフォルメに走った質感に、キャラクターやストーリーは仮初めのものに過ぎないことがさらに強調されます。漫画やアニメのオムニバスもので、写実的な作品が並んでいる中に、デフォルメたっぷりの戯画的な作品が挟み込まれるやつですね。チェリーの語りの「斑模様の乱れた心、まさしく繭期真っ盛り」という「ま」行の頭韻がいかにも虚構らしく聞こえてきます。
ところで、チェリーは冒頭のイントロダクションで、「深い繭期の中では、何が現実で何が妄想なのか区別がつかない」と言っています。上に書いた通り、観客は終始お芝居の虚構性を意識させられているわけですが、それはリリーにとっても同じこと。このお話の中で体験する出来事を、リリーは現実なのか妄想(=虚構)なのか区別がついていないのです。つまり、ここでは観客が感じている違和感とリリーが感じている違和感とがシンクロしているわけです。よくできている!
ここから、まるでリリーが薬物をキメてグッドトリップしているかのような躁的な世界観が、ステージ上で繰り広げられていきます。
山中を進むリリーの前に、「この道は引き返した方が身のためだ」と言いながら池岡亮介さん演じるイケメンが現れます。彼の名は雷山(ライザン)。のちに人間のヴァンパイア・ハンターであることが明かされます。やたらとテンションが高く(というか気持ち悪く)、煽情的な言動を繰り返します。例えば乳首を見せつけてくるとか。いかにも妄想っぽい!
そもそもヴァンパイア・ハンターならリリーがヴァンプであることに気づきそうなものですが、雷山はそんな素振りをまったく見せません。これもいかにも妄想っぽい!
雷山が言うには、この山には繭期のヴァンプが迷いこんでいる、と。だからリリーに下山するよう忠告します。そして彼はとある女性を探していることを明かし、その場をあとにします。
彼が去ると雨が降ってきます。雨に足止めされたリリーは木の下で雨宿りをすることにします。そこへ「そこにいるのはどちらさん?」というセリフと共に、一人の女性が現れます。中尾ミエさん演じるマルグリットです。
「マルグリット」という名を英語読みすれば『LILIUM』に登場した「マーガレット」になります。マルグリットはマーガレットに負けないほどの妄想癖の持ち主ですが、それについては後述。
ところで、このお話の登場人物はみな七五調で語るのですが、マルグリットは定型から外れた自然に近い喋り方をします(セリフ自体は七五調ですが、そこまで時代がかった節回しを使わない、と言うのが正確なところでしょうか)。かすかに虚構性を奥へ潜ませてリアリティーを浮き上がらせるおもしろい仕掛けです。しかも、マルグリットを演じるのはベテランの中尾ミエさん。説得力のある熱演には“ほんとらしさ”が滲んでいます。このようにして虚実が入り乱れていくさまが、この幕のおもしろさだと言えるでしょう。
さて、このマルグリット。夫に先立たれた未亡人である彼女は、この山で人を待っているのだと言います。よく見ると彼女の身体は血に濡れています。マルグリットは自らの生き血で繭期のヴァンプを誘き出そうとしているのです。「集まれ! 集まれ! 集まりなさ~い!」マルグリットはそう叫び、手に持ったナイフで自分の身体を切りつけていきます。戸惑うリリーとチェリー。
そこへ、先ほどの雷山が姿を現します。
マルグリット「雷山! 来てくれると信じていたわ」
雷山が探していた女性とは、このマルグリットのことだったのです。リリーの「雷山、そしてマルグリット、詳しく話を聞かせてちょうだい」という語りに、チェリーは「正気? 本気? あたし全然聞きたくない」と返します。しかし、リリーは語りを続けます。「あたし全然聞きたいわ。自らを切り刻む女と、彼女にそうさせる美少年。二人の出会いと生き様に、一体なにがあったのか!?」この言葉が曲振りとなって、二人の歌う曲が始まります(この辺りのセリフの応酬はテンポがよく小気味がいいです)。
「〽️雷山イズエクセレント、ヴァンパイア・ハンター」
この歌で明らかになるのは次のような内容。雷山はヴァンパイア・ハンターとして町の人気者となり、ギルドの中でも出世株となりますが、終わることのないヴァンプとの戦いに疲れ果て、剣を捨てたくなります。
しかし、マルグリットは「〽️引退なんてさせないわ。ヴァンプを殺すのがあなたの使命」と呪詛のように歌いかけます。
二人が初めて出会ったのは数年前のこと。マルグリットはヴァンプに襲われ万事休すというところを、雷山に助けられます。その華麗な剣さばきに魅せられたマルグリットは「〽️あたしのハートはズタズタよ」「〽️もっと殺してヴァンプ、もっと守ってあたしたち」と歌います。
この世界ではヴァンプ狩りはエンターテインメントで、ヴァンパイア・ハンターはスーパーアイドル。マルグリットの寄行はすべて推しの雷山に会うためのもの。
雷山はヴァンパイア・ハンターを引退したいと思っているものの、マルグリットの思惑にまんまとはまり、意に反してヴァンプ狩りをさせ続けられます。生粋のヴァンパイア・ハンターである彼は助けを呼ぶ声には抗えないのです。
「もうたくさんだ! 剣を捨てたい! 引退したい! 吸血種なんて殺したくない!」そう喚く雷山に対し、マルグリットは「あの日のあなたをもう一度。あの日のあたしをもう一度。あの日のあたしたちを、永遠に!」と盛り上がりまくっています。もうめちゃくちゃ!
ここでリリーがステージ前方に飛び出してきて、ハイテンションで「よく見ると繁みの中に、吸血種、吸血種、吸血種!」とたたみかけます。夢か現か定かではないお話に、リリーも一緒になって高揚していくのです。繁みに潜んでいるヴァンプの余りの多さにリリーは気づきます。「まさか、クランから逃げてきた?」すべてはマルグリットの思惑通り。彼女は近くのクランの門を開放し、おびただしい数の繭期のヴァンプたちを野に放ったのです。「すべては雷山、あなたに会うためよ」雷山、絶体絶命! 全部マルグリットのせい!
ヴァンパイア・ハンターの悲しき性から逃げ出せない雷山は、「引退したい! 剣を捨てたい!」と地べたに這いつくばってジタバタしながらも、結局は正々堂々とヴァンプと戦うことになります。リリーとチェリーは語ります。「吸血種は相手を噛むことでイニシアチブを握る。でもマルグリットは生き血を捧げることで雷山の行動を支配している。彼はもうマルグリットからは逃げられない!」よくこんな無茶苦茶な話を考えるなぁ。
華麗にヴァンプを切って捨てていく雷山と、自分の身体をナイフで刻み、恍惚の表情で「エクスタシー!」と叫ぶマルグリット。リリーとチェリーは叫びます。「我々は一体、何を見せられているのか!」と。観客の代弁。もっともなセリフ。この場面のリリーとチェリーの七五調の語りはスポーツ中継の実況のような、力の入ったもの。まるで二人のハイテンションな語りによって狂気がエスカレートしていくかのようです。
一人のヴァンプがマルグリットに襲いかかり、万事休すというところを雷山が救う様子が、この場面の盛り上がりのピークとして描かれます(でも過剰にバカバカしさが強調されているので緊迫感はゼロ)。
雷山「吸血種め、俺のマルグリットから離れろ!」
マルグリット「また守ってくれた。嬉しいわ、雷山」
まったくもって、我々は何を見せられているのやら。
マルグリットは雷山への思いが高まりに高まった挙げ句、「もっと血が必要よ」と、最後には自らのナイフによって絶命してしまいます。「真っ赤な生き血の雨が降る」とリリーの鮮烈な語りが場を盛り上げます。
このマルグリットの死は、好きなアイドルを推すために身銭を切りすぎて身を滅ぼしてしまうオタクの姿を重ね合わせているのでしょう。わたくし、気をつけます!
そして雷山も、引退したいにも関わらずファンの思いに縛られて活動を続けざるを得ないアイドルの姿を重ねたキャラクターなのでしょう。みんなが不幸。
それを元モーニング娘。の鞘師が主演を張るお芝居でやるという不謹慎さも、作り手が狙ったおもしろさなのだと思います(こう書いてしまうと、ちっともおもしろくなくなる人もいるでしょうけれども)。すべてが過剰でなんでもありの世界!
さて「みんなが不幸」と書きましたが、これはあくまでも客観的な視点。お芝居の中では徒花のような退廃美でもって描かれます。マルグリットの死に顔は穏やかなものだったようです。推しへの思いとそのエクスタシーに駆られての死は、それはもう幸せなものだったでしょう。
返り血を浴びて佇む雷山。「それでも彼は美しかった!」と語るチェリー。歌舞伎や大衆演劇であれば見栄を切る場面でしょう。そしてリリーは雷山に、これでもうマルグリットに縛られることはないと言います。雷山の返事は「まだだ。まだなんだ」というもの。シリアスな場面ですが、バカバカしさが売りのお芝居なので、ここで日替わり物真似ネタが挟み込まれるなどして、観客はちっともシリアスな気持ちになれません。
そのとき、たくさんの女性たちが山を駆け上がってきます。「もっと殺して吸血種、もっと守ってあたしたち」と叫びながら。雷山を推す女性はマルグリットだけではなかった、というオチ。
ここで雷山がアイドルばりに歌って踊ります。というか、実際に彼は多くの女性たちのアイドルなのです。そりゃあ男性アイドルソングを歌いますよ。当然です。
「〽️町中の、国中の、世界中の女、女、女、女たちが俺を心から求めている」
いやあ、こわい! 新良エツ子さんの高音コーラスにゾクゾクします。
リリーとチェリーは雷山のバックダンサーを務めます。この曲は『黑世界』の中でもかなり激しめのもので、鞘師のダンスを楽しめるポイントでもあります。雷山をセンターに置き、そのサイドでバキバキと踊るリリーとチェリー。なんだか既視感があります。そう、これはBABYMETALのアベンジャーズとして鞘師が踊っていたときのフォーメーションなのです。作り手の意図は分かりませんが、アベンジャーズを意識したものなのでは?と、わたしは思いました。実際のところはどうなのでしょう?
山を登ってきた女性たちのために、雷山は本心を欺きながらヴァンパイア・ハンターを続けていく、というところでこの幕は終わりへと向かいます。
「それは恐怖と絶望、そして悲しみ。いいや、違う! これぞまさしくエクスタシー!」と語る鞘師里保は絶好調。お見事です。
「さあ女たちよ、待っていろ、いま雷山がいくぞー!!」と雷山はアイドルモード全開でその場を去っていきます。
二人残されるリリーとチェリー。「あんたも彼に救ってもらう?」と問うチェリーに、リリーは「残念だけど、誰にもあたしは救えないわ」と返します。リリーを救うことができるのは死だけなのです。
最後に、リリーが「ここであったことすべて、繭期の幻だといいんだけど」とクールに語り終え、本をポンと閉じると同時に暗転。台本を閉じればこの虚構はすべておしまい、というきれいな終わり方です。そして『黑世界』はもとのシリアスなお芝居へと戻っていくのです。
お芝居を通じて続けられる、この虚構性の誇張が魅力的です。夢か現か分からないままのリリーと観客。まるで観客も繭期になってしまったかのような体験を味わえるわけです。
仮にこれがリリーの幻覚なのだとしたら? 繭期は人間でいうところの思春期。そんな年ごろの子がアイドルについて妄想するというのはあり得そうな話ですが、リリーは不老不死の世界を生きています。言ってみれば、思春期の妄想が延々と続いていくわけです。そんな想像を絶した規模の妄想であるならば、普通のアイドルへの憧れだけでは終わらず、こんなはちゃめちゃな奇想を膨らませるところにまでいってしまうのかもしれません。ちょっと味わってみたい……。
なんにせよ、この幕のすごいなと思うところは、奇想天外で笑いを誘う内容であるにも関わらず、TRUMPシリーズの世界観と矛盾なく成立しているところです。むしろ繭期というものをうまく表現していると言えるでしょう。ちゃんと説得力があるように作られているのです。そして、朗読劇という役者が台本を持って演じるお芝居の特性もうまく活かしています。
さらに、気づいたらスーパーアイドル雷山にハマっている、というオマケつき。中毒性がヤバい!
といったあたりで、おしまい
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いよいよ始まりました、『黑世界』!!
このような社会情勢の中で、よくぞ短期間で2公演分のお芝居を作り上げて、上演にこぎ着けてくださりました!
関係者には並々ならぬ努力があったことでしょう。尊敬します。
とりあえずの雑感をここに書き殴りたいと思います。
雨下と日和のうち感想を掴みやすかったのは日和の章だったので、そちらについて。
雨下の章はもう何度か観てみないと語れないように思います。
ネタバレをたぶんに含みますので、まだ観ていなくてこれから観劇を予定されている方はここから先は読まないでくださいね。
目次
『黑世界』は新型コロナウイルスの感染対策として、これまでのTRUMPシリーズとは異なり朗読劇という形で作られています。役者同士はソーシャルディスタンスを保ったまま、本を手に持って自分の演じる登場人物のセリフや地の文を語っていきます。これが思いの外おもしろい!!
演劇というものは、役者という実在の人物が登場人物を演じることで、現実と虚構とが入り交じった場が生み出されるのが特徴だと思います。観客は役者のホンモノの身体を通して、架空の人物の身体を見ているわけです。身体が実物だからこそ、より虚構性が見えやすいのだと言えます。
『黑世界』は朗読劇という形を取ることで、よりその特徴が際立っていた印象を受けました。冒頭で紫蘭と竜胆がセリフを言うシーンで、初め男性の役者が役を引き受けようと名乗り出ますが、MIOとYAEが遮って自分たちが役に相応しいと役を演じることになります。普通の芝居なら初めから紫蘭と竜胆になりきって演じるところを、舞台上で「わたしたちが演じます」と役者として宣言をしてから演じ始める。本来なら舞台裏でおこなわれるはずの、MIOとYAEという役者が役に入り込んでいく過程を、観客は見せられているわけです。
また、役者たちは登場人物として舞台上を動き、話し、歌い踊るわけですが、セリフのパートでは本を手にしたままです。これによって、どれだけ役者が役に入り込んでいようとも、これはあくまでも実在の役者によって作られた世界なのだということが強調され続けます。
少し乱暴な言い方をすると、ここでは役者は交換可能な存在です。実際、紫蘭と竜胆は先に書いた通り、役者が交代しています。あくまでも本を持ってその人物のセリフを喋っているだけですから、役者は暫定的に役を演じているだけの交換可能な存在なのです。
この現実と虚構の入り交じった世界観が、見ていて不思議な感覚を醸し出していました。おもしろい。
しかし、例外がいます。それはリリーです。TRUMPシリーズにリリーが登場するのはこれが2回目。前回演じたのは今回と同じく鞘師里保でした。前作を見ている人からすれば、リリーの身体と鞘師の身体は、ほぼイコールで結びついています。ですから、リリーが登場する芝居で鞘師が紫蘭や竜胆を演じるのはありえない。また、鞘師が板の上のいる限り、他の役者がリリーを演じることもありえない。このように鞘師=リリーはこの芝居において交換不可能な存在です。リリーは他の登場人物とは、本質的に違う存在なのです。これは、前作から6年を経ても当時の少女性を保ったままでいる鞘師という役者の持つ特質によって、違和感なく観客に受け入れられています。このことは『黑世界』という芝居の世界観の核となる部分だと思います。
しかし、この特質を持つ役がリリーだけなのか?というと、そうではないとわたしは思います。例えば、朴璐美が演じた少女。初めは交換可能な役でしたが、物語が進むにつれてそうではなくなっていきます。
(1回観ただけじゃ登場人物の名前を覚えられない人なので、名前じゃなく「少女」と書きますね)
物語の初めに少女が登場したとき、彼女はまだ子どもでした。年齢を覚えていなくて申し訳ないのですが、確か一桁だったはず。演じる朴璐美は48才。普通なら小さな子どもを演じるのは無理があるのですが、これは朗読劇。役者は交換可能な存在で、あくまでもセリフを読んでいるだけなので、この無理のある設定は「有り」になります。しかも、それをセリフの中でネタにしていました。初めは笑いを誘うおもしろいセリフかと受け止めていましたが、これはあとになってから効いてくる仕掛けでした。声優としてさまざまな年齢・性別のキャラを演じることのできる朴璐美の特質によって、声を聞いている限りでは違和感がないのも絶妙なラインでリアリティーが保たれていておもしろかったです。
物語が進むにつれて少女は年を取っていき、最後には老婆になります。言わば、役が朴璐美に追いつき、追い越していくわけです。その過程で、少女の身体と朴璐美の身体とが、次第に一致していく。初めは交換可能だった役が、いつの間にか交換不可能なものへと変わっていくのです。
この変化が行き着いた先で、リリーと少女の物語は山場に差し掛かります。そして、観客は作り手の思惑通りにまんまと感情移入し、感動させられるわけです。うまい! よくできている! これは朗読劇だからこそ成り立つ仕掛けでした。
めちゃくちゃおもしろいと思いました。
さて、我らがリリーです。
『黑世界』では闇落ちしたダークリリーが見られるのではないかと想像していたのですが、リリーはリリーのままでした。まっすぐな少女のまま。これは鞘師の持つ雰囲気と重なって、観客に自然に受け入れられます。
そして、まさかリリーの母性を見せつけられるとは!! 鞘師のことを「ママ」って呼ぶってヤバいよね(気持ち悪いヲタクの感想)。
また、リリーは物語の中盤で岩盤に押し潰され、川を通り海へ行き着いて身体を再生させます。この場面の鞘師の演技は溜飲モノ。素晴らしかったです。この場面、羊水の中から産道を通って生まれるという出産のメタファーです(ベタっちゃベタ)。リリーはここで生まれ直したわけです。不死のリリーがいったん死んで生まれ直したという見立てが成り立つのおもしろい。そして、まさかベビーリリーが見られるとは。ベビーメタルからのベビーリリー。はい、何言ってるかわかりません。
ともかく、リリーの愛と無垢が強調されていて、これは闇落ちしまくりだったソフィとの対比でしょう。わたしはリリーとソフィとは光と影のような対になる存在だと仮定してちるので、「なるほどな」というところでした。今抱ける感想はこんなところです。今後ふたりが辿る展開が楽しみ。
といったところで雑感おしまい。
これから何度か観ていく中で他にも感想はたくさん出てきそうです。おもしろそうなことを思いついたらまた書こうかと思います。
みなさまよき『黑世界』ライフを!
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前回の記事はこちら!
~目次~
イギリスから帰国したBABYMETALは、7月6日、7日に、ポートメッセなごやで「BABYMETAL ARISES - BEYOND THE MOON - LEGEND - M -」と題した2days公演をおこないます。
「LEGEND - M -」の「M」はMOAMETALのイニシャルから取られています。
彼女の誕生日は1999年7月4日。
この2公演は、MOAMETALの20才の生誕記念&地元名古屋への凱旋ライブでした。
めでたい!(*^▽^*)
結論を先に書くと、この2日間のアベンジャーズは初日が鞘師里保、2日目は藤平華乃でした。
第3のアベンジャー降臨を期待する声もありましたが、蓋を開けてみれば横浜アリーナと同じラインナップとなったわけです。
ここで横浜アリーナからポートメッセなごやまでのスケジュールと出演したアベンジャーを振り返ってみたいと思います。
6月29日(土) BABYMETAL AWAKENS - THE SUN ALSO RISES - 横浜アリーナ【藤平華乃】
6月30日(日) Glustonbury Festival 2019【鞘師里保】
7月2日(火) O2 Academy Brixton【鞘師里保】
7月6日(土) BABYMETAL ARISES - BEYOND THE MOON - LEGEND - M - ポートメッセなごや【鞘師里保】
7月7日(日) BABYMETAL ARISES - BEYOND THE MOON - LEGEND - M - ポートメッセなごや【藤平華乃】
いやあ、鞘師さんよく働いた!!
ほんの1週間ちょっとですが、きっと中身の濃い時間を過ごしただろうと思います。
鞘師がこのときどんなことを感じていたのか、いつか語ってもらいたいです。
3月にひなフェスの目玉として復帰を果たした彼女が、次にどんな展開を見せてくるのか注目していた人は多かったはずです。
次のキャリアのための非常に大切なタイミングで、名前を伏せてサポートダンサーとしての活動を選んだのは、鞘師らしい決断だったように思います。
自分の名前を売ることよりも、人との繋がりや直感による決断を大切にしたのでしょう。
結果的にこの選択により、鞘師はBABYMETALのファンのあいだで、広く認知されることになります。
もっと広い層にアピールできる活動も選択肢としてはありえたはずですが、持続的な熱を持ったコア層に支持されたことで、決して使い捨てられることのない認知を鞘師はこのとき得ることができたのではないかと、わたしは思います。
素晴らしく鮮烈なデビューでした。
この名古屋公演初日のフィナーレで、鞘師は粋な計らいを見せています。
MOAMETALと鞘師とでSU-METALを挟んだお馴染みの立ち位置で、SU-METALがこの日の主役であるMOAMETALにマイクを向けて「We are?」「BABYMETAL!!」というコールアンドレスポンスを言わせます。
そのとき、鞘師は2人の背後を移動して、SU-METALと自分とでMOAMETALを挟んだのです。主役のMOAMETALをセンターにするために。
鞘 S M
↓
S M 鞘
翌日の藤平華乃はこれをしていなかったので、おそらく鞘師のその場の判断によるものだったのでしょう。
BABYMETALの様式美の中にいる人たちからは出てくることのなさそうなこの行動に、わたしはこんなことを思いました。
これぞモーニング娘。のフォーメーションダンス!!
鞘師が在籍していたころのモーニング娘。は、フォーメーションダンスを売りにし始めたときでした。
フォーメーションダンスは、メンバー全員で隊列を作り、曲の展開に合わせてその形を大胆に変化させていく集団芸です。
この隊列でもっとも多くセンターを任されていたメンバーが、エース鞘師里保でした。
「エース」や「センター」と聞くと、その人の才能やカリスマ性ばかりを連想しがちですけれど、モーニング娘。的な考え方をすれば、センターとは他のメンバーたちが両翼にフォーメーションを形作ることによって生まれるものだと言えます。
センターはひとりが務めるものではなく、みんなで作り出すもの。
エース鞘師里保は、そのことをよくわかっていたはずです。
だから、名古屋での鞘師は咄嗟に、MOAMETALがセンターとなるようにフォーメーション移動をすることができたのだと思います。
しかも、このときの鞘師が絶妙だったのは、MOAMETALが1回目の「We are?」を言い終わるのを待ってから動き始めたことです。
先走って移動してしまうと、MOAMETALの見せ場にノイズを走らせることになります。
鞘師はMOAMETALの見せ場と見せ場のあいだの一瞬を突くようにして、件の動きを見せています。
ここには、その瞬間に主役となるメンバーを輝かせるための、フォーメーションダンスの技術があったのです。
モーニング娘。で培い、身体に染み込ませてきた技をBABYMETALのステージで見せてくれたことに、わたしは感動したのです。
やっぱりこの人は鞘師里保なんだ!と。
こうして、BABYMETALは新体制お披露目のための最初のツアーを締め括りました。
(ツアーとして告知されていたわけではありませんが、実質ツアーのような位置づけだったはずです)
このツアーは「日はまた昇る」と題した横浜アリーナ公演から始まったわけですが、まさに日はまた昇った!
BABYMETALは最高のリスタートを切ることができました。
鞘師とBABYMETALの共演に胸を熱くしたわたしは、早くも次の展開にワクワクしていました。
そして、自分がチケットを押さえているサマソニに鞘師が出演してくれることを強く祈り、その日が来るのを心待ちにする日々が始まったのです。
つづく
前回の記事はこちら!
~目次~
グラストンベリーの2日後の7月2日、BABYMETALはロンドンのO2 Academy Brixtonでライブをおこないます。
BABYMETALはイギリスを第二のホームと呼んでいます。
彼女たちの本格的な世界進出の足掛かりとなったのが、イギリスの地だったからです。
有名なソニスフィアの奇跡については、ここでは多くは語りません。
「BABYMETAL ソニスフィア」で検索すれば、あの感動的なライブのエピソードは山のように出てきます。
BABYMETALが世界から認められた瞬間と言っていい、大事件でした。
ソニスフィアに出演した2014年、BABYMETALはイギリスで他にも2回ライブをおこなっています。
その模様は『LIVE IN LONDON -BABYMETAL WORLD TOUR 2014-』という映像作品に収録されています。
このうちのひとつの会場がO2 Academy Brixtonでした。
BABYMETALのアンセムである『Road of Resistance』は、このとき初披露されました。
バンドにとって、新曲をどこで初披露するかというのは大切なポイントです。
メロディックスピードメタルの雄であるDragonForceのメンバーをプレイヤーに迎え入れてレコーディングされたメタルチューン『Road of Resistance』は、間違いなくBABYMETALの勝負曲であり、それまでのキャリアの総決算と言える作品でした。
BABYMETALはこの重要なマイルストーンを、日本ではなくイギリスの地に刻んだのです。
これはさらなる世界進出への意思表示であったはずです。
2019年に再びO2 Academy Brixtonでライブをすることは、BABYMETALにとってきっと特別な意味があったことと思います。
2014年のBABYMETALがソニスフィアを経てO2 Academy Brixtonのステージに立ったように、2019年のBABYMETALはグラストンベリーを経て同ステージに立つのです。
これは第二のホームへの凱旋であると同時に、アベンジャーズ体制のお披露目でもあります。
新生BABYMETALの新たな世界進出が、ここから始まるのです。
確かこの日のBABYMETALのライブが始まったのは、日本時間で6時ごろだったと記憶しています。
わたしはいつも5時に起床し、6時前に電車に乗ります。
ですから、わたしがこの日のライブの情報をリアルタイムで追ったのは電車のなかでした。
幸い、ファンカムを生配信してくれる現地のメイトがいました。
確か2階席からの映像でした。
グラストンベリーと同じく『メギツネ』で始まったこのライブ。
SU-METALとMOAMETALとともにステージ上に現れたアベンジャーは、またしても鞘師里保でした。
グラストンベリーでは部屋で太ももを叩きながら大喜びしたわたしでしたが、この日は電車のなか。
何事もなかったかのように座席に座り、すました顔でスマホの画面を見るのみ。
落ち着こうと思えば落ち着いていられるじゃないか!
このときのパフォーマンスを見てわたしが感じたのは「SU-METAL、MOAMETAL、鞘師里保の3人がようやくひとつのグループになった!」ということ。
BABYMETALのステージに上がるにあたって、鞘師にどの程度準備期間が与えられていたのかはわかりませんが、すでに9年近く続いているグループのなかに入っていくことは、こちらの想像以上に大変なことだったろうと思います。
BABYMETALはBABYMETALの見せ方を確立しています。
鞘師たちアベンジャーズは、そんなBABYMETALの場に入っていくのです。
振り付けを覚えたりライブでの振る舞い方を学んだりすることに加えて、チームとしての呼吸であったり波長であったり、そういう形のないものも合わせていかねばならなかったはずです。
横浜アリーナやグラストンベリーでのSU-METALとMOAMETALと鞘師は、まだそこまで呼吸や波長を合わせきれていなかったような印象があります。
それに比べて、横浜アリーナ2日目の藤平華乃が踊るBABYMETALは、すでにある程度チーム感が感じられました。
これはブランクの有無からくる違いなのか、歩んできた道筋(流派)の違いによるものなのかはわかりません。
あるいは、わたしが鞘師ファンであるがゆえにフラットには見られなかった可能性もあります。
ともかく、BABYMETALと鞘師の組み合わせは異質なもの同士がぶつかり合うダイナミズムがあり、そこから新しいものが生み出されていくようなワクワクをわたしは感じていました。
しかし、O2 Academy Brixtonでの3人は、それまでとはイメージを一新し、ひとつのグループへと練り上げられているように見えました。
特にそれを感じたのは『シンコペーション』でした。
前奏のリズミカルでタイトなダンスは、3人が同じ方向を見据えてひたむきに走り出したかのようで、感動的な疾走感があります。
グラストンベリーの大舞台を乗り越えたことにより、3人それぞれの定める照準がシンクロしてきたのかもしれません。
これには鞘師の努力があったことはもちろんですが、BABYMETALの2人、とりわけMOAMETALの努力が大きかったはずです。
彼女はのちに、公演ごとにダンスの相方が変わることの難しさについて語っています。
スタイルの違う3人に合わせて踊ってみせた2019年のMOAMETALは、険しい道を進み、新たな発見と成長を繰り返してきたはずです。
今振り返って思うのは、このころはアベンジャーズの黎明期だったのだろうということ。
新しいBABYMETALの土台が、この時期に形作られていったのだろうと思います。